epilogue③ 糸を紡ぐヒマラヤの先住民族
白銀のヒマラヤの谷は朝も昼も夜も美しく、雪山の愛おしさを知った。
特に大規模の停電と凍てつく寒さのおかげで、夜の暗さと静寂の深さは図りしれないくらい深く幻想的でした。
雪山の夜の星の輝きは、星と星がお話しているのが聞こえるよう。
雪の夜の森は美しく荘厳で、そして静かだった。
2000m―3000mの標高に徒歩でしか行けない村が数時間おきに点在しているエリアで、日中は近隣の少数民族の棲んでいる村々を歩きめぐりました。
村ごとに景色も日当たりも、家の建てられ方の趣、軒に彫られている彫刻の趣向、人々の服装も違った。
雪のヒマラヤの山道を必死に登っては降り、山の暮らしの香りや音、山の景色、人々の笑顔に魅せられていった。
家の煙突からは煙が上がり、ロバや牛を追い歩く人達が歩いている。
朝は薪を拾いに出かけ牛の世話をしお乳を搾り、日中は日向に座り集い羊毛を紡ぎ、編み、機織りをする女性たちの姿を目にした。
くるくると回る駒の先にふわふわの羊毛の塊から、糸がするすると現れて、駒に巻き取られていく様に、無性に心を惹きつけられた。
糸を紡ぐ人の隣に座ってローカルの言葉しか話せない彼らと、何とか、コミュニケーションをとり、その糸紡ぎに使う道具は”タッカリー”と言う名前で呼ばれていることを知りました。雪に残る山道を、電線が道のわきに横たわるのを見ながら、停電の宿に帰る道のりを、”タッカリー”という名前を忘れないように宿へ向かったのを覚えています。
”タッカリー”は、その界隈の村のお店のどこを探しても見当たらず、その辺りでは、もう、需要がなく売られていないとの事がわかりました。
出会う人、出会う人に、情報を聞いているうちに1週間がたち、少し離れた村の若者に話すと急斜面の上の村に住む彼のお爺さんが羊飼いのようで、彼のお母さんや家族も糸を紡いでいるので、ウールも”タっカリ―”も分けてあげることができるよ。と言ってくれた。
停電が続く冬の日々。1時間ほど離れたその村まで雪の道を歩いて通い、糸を紡いで帰りは薪を拾いながら宿へ戻る日々が続いた。
荷物を運ぶロバの鈴の音が聞こえ細い道をスリリングにすれ違ったり、牛や羊に草を食ませながら歩く人がいたり、人と動物が大自然のなかで近い距離で暮らしていた。
牛と共に野を歩く初老の女性は民族衣装の胸元から糸車を取り出して、そこいらに転がる岩の上に腰かけて適当な岩のくぼみを器用に使って糸を紡いでいた。彼女の牛は草を食んでいて針葉樹が生い茂る森の向こうには渓流が流れていた。
老婆は指がボロボロになるまで紡いでいた。
彼女の手を本当に美しいと思った。
彼らの日常を尊いと思った。
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